女子バレーボール日本代表で、セッターとして攻撃を組み立てているのが関菜々巳(せき ななみ)選手です。
2024年にイタリアへ渡り、2026-27シーズンで海外3年目を迎えます。
所属するブスト・アルシーツィオには、秋本美空選手と和田由紀子選手も加わりました。
この記事では、関選手の身長や出身地といった基本情報から、柏井高校を選んだ理由、東レからイタリアへ渡った経歴、そして日本代表での現在地までをまとめます。
関菜々巳のプロフィール(身長・出身・コートネーム)
まずは基本情報です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 関 菜々巳(せき ななみ) |
| コートネーム | セナ |
| 生年月日 | 1999年6月12日(2026年8月時点で27歳) |
| 出身地 | 千葉県船橋市 |
| 身長 | 171cm |
| 最高到達点 | 280cm |
| ポジション | セッター |
| 所属 | ブスト・アルシーツィオ(イタリア・セリエA) |
| クラブ背番号 | 5 |
| 日本代表背番号 | 6 |
ポジションはセッターです。
レシーブで上がったボールを味方のアタッカーへトスを供給する役割で、誰にどのタイミングで打たせるかを決める攻撃の起点にあたります。
得点そのものを狙う場面は多くありませんが、試合で最も多くボールを触るのがこのポジションです。
野球で言うと捕手に近い立ち位置と考えると分かりやすいかもしれません。
相手ブロックの枚数や味方の調子を見ながら、コンマ数秒で「今はこの選手」と判断していきます。
日本代表でもクラブでも、その判断を任されているのが関選手です。
コート上の呼び名は「セナ」。
日本国内だけでなく、イタリアのチームメイトからも同じ愛称で呼ばれています。
関菜々巳のコートネームは「セナ」|イタリアでもそう呼ばれている
関選手を語るとき、「セナ」という呼び名は日本代表の中継でもおなじみです。
面白いのは、この愛称がイタリアへ渡ってからも変わらず使われている点でした。
コネリアーノ時代のチームメイトには、ブラジル代表の主将ガブリエラ・ギマラエス選手がいました。
愛称は「ガビ」。
Number Web(2025年7月14日)が伝えたところによると、コッパ・イタリアの大事な場面でサーブミスをして涙を流した関選手に、ガビ選手はこう声をかけたそうです。
「その1本のミスよりも、あなたがこれまでしてくれた100回の素晴らしいことのほうがずっと大きい。セナが果たした貢献は1%も減らないよ」
関選手の側も、チームメイトを愛称で呼んでいました。
関菜々巳の出身校|柏井高校を選んだ理由
関選手の学歴は次のとおりです。
- 船橋市立法典西小学校(塚田JSC)
- 船橋市立行田中学校
- 千葉県立柏井高等学校
バレーボールを始めたのは小学2年生のとき。
小学6年生の時点ではセンターのアタッカーで、しかもチームのキャプテンを務めています。
いまのポジションとはまったく違う立ち位置からのスタートでした。
セッターへ移ったのは中学2年生のときです。
行田中学校でセッターとして出場するようになり、そこから現在まで同じポジションを続けています。
人生を変えた中学時代
関選手自身が節目として挙げるのが、行田中学校での3年間です。
船橋市の公式サイトに掲載されたインタビューで、当時の顧問だった今井先生との出会いが人生を変えたと語っています。
そのころの関選手は、周囲から見ても真面目でストイックな中学生でした。
朝早くから体育館に入って練習する日々。
それでも本人は「いつの時代に戻りたいか聞かれたら、中学生と答えるくらい楽しかった」と振り返ります。
いま船橋に帰ると「帰ってきたな、安心するな」と感じるそうです。
イタリアで戦う27歳の原点は、この街の体育館にありました。
春高で見た柏井高校の3位
進学先を決めたきっかけは、中学3年生のときに会場で見た1試合だったようです。
その年の春の高校バレーで、柏井高校が3位に入りました。
コートには、当時2年生だった中元南選手と工藤嶺選手という2枚のエースがいます。
関選手は「この2人にトスを上げてみたい」と思い、柏井高校への進学を決めました。
そんな柏井高校で3年時には自身がキャプテンを務め、春高に出場してベスト16。
憧れて入った学校で、今度はチームを引っ張る側に回りました。
関菜々巳は大学に進学した?
関菜々巳選手は大学に進学していません。
高校卒業後、そのまま東レアローズの選手になりました。
実は本人、当初はVリーグ入りを断って大学へ進むつもりだったといいます。
考えが変わったのは、高校の先生からかけられた一言でした。
「みんなVリーグ(現SVリーグ)に行って、いつか日の丸をつけると思う。その時にお前は大学に行って、その場にいなくて後悔しないか」
同学年には、のちに実際に日本代表へ選ばれていく選手たちがいました。
負けず嫌いな性格もあって、「実業団に行っていれば代表に選ばれたかもしれない」と後から思うのが嫌だった――東京スポーツ(2024年10月1日)のインタビューで、関選手はそう振り返っています。
2017年11月30日、東レアローズが関選手の入部内定を発表しました。
高校3年、18歳のときです。
背番号は22番でした。
関菜々巳の経歴|東レからイタリアへ
ここからは時系列で追っていきます。
東レアローズ時代(2018〜2024)
デビューは早く、そして大きな舞台でした。
2018年11月3日の開幕戦・久光製薬スプリングス戦にスタメン出場。
18歳のルーキーが、いきなり正セッターの座に就きます。
1年目からシーズンを通して司令塔を務め、チームは準優勝。
関選手は最優秀新人賞とベスト6を同時受賞しました。
その後もタイトルを重ねます。
2019年のモントルーバレーマスターズではベストセッター賞。
2020-21シーズンにもベスト6に選ばれました。
東レでの背番号の変遷も、そのまま立場の変化を表しています。
内定時が22番、そこから10番、最終的に6番へ。
いま日本代表で背負っている6番は、東レ時代の終盤に着けていた番号と同じです。
なおイタリアでのクラブ背番号は5番。
東レでの日々に区切りをつけたのは2024年です。
2024年2月20日、海外リーグ挑戦のため同月29日付で退団することが東レの公式サイトで発表されました。
海外へ出た理由
退団を伝えたインタビューで、関選手は移籍のタイミングについてこう説明しています。
「自分自身のキャリアアップのためというところで、五輪が終わったタイミングがベストかなと思っていたし、広い世界を見てみたいという思いが強かった」
続けて、こうも語りました。
「プレー以外もいろんな考え方を学べたら、自分自身のプレーも良くなるかなと考えています」。
技術だけを取りに行くのではない、という言い方でした。
コネリアーノ時代(2024-25)
移籍先は、いきなり世界最高峰でした。
2024年6月19日、イモコ・コネリアーノへの入団が発表されます。
セリエAで連覇を続けていたクラブで、世界中の代表選手が集まる場所でした。
ただし、出場機会という点では簡単ではありません。
正セッターはポーランド代表のヨアンナ・ヴォウォシュ選手。
関選手の出番は途中出場が中心でした。
それでも見せ場はあります。
2024年11月12日、欧州チャンピオンズリーグのマリツァ・プロブディフ戦(ブルガリア)で3-0のストレート勝ちに貢献し、移籍後初のMVPを受賞しました。
試合後のインタビューには通訳を挟まず英語で対応。
言葉に詰まった場面では、イタリア代表リベロのモニカ・デジェンナーロ選手がすかさず助け舟を出しました。
チームは総なめ状態で、関選手もスーペルコッパ、世界クラブ選手権、コッパ・イタリア、セリエA1、欧州チャンピオンズリーグと5つのタイトル獲得に貢献しています。
海外1年目にして5冠。
帰国時には「本当にイタリアに行って良かった。吸収するものばかりだった」と話しました。
「真面目でいないといけない」からの解放
コネリアーノでの1年は、成績以上に本人の内側を変えたようです。
Pen&Sports(2024年12月22日)の取材に、関選手はこう明かしました。
「『真面目だよね』と言われて、自分でも無意識に『真面目でいないといけない』みたいになっちゃって、窮屈だったんです」
イタリアではその窮屈さがほどけたといいます。
「ここでは好きにしていい、イタリアはみな自由で気が楽」。
そして「毎日がめちゃくちゃ楽しいです、ほんっとに楽しいです」と繰り返しました。
チームメイトについての言葉も温かいものでした。
ガビ選手のことは「人格者」と評し、先ほどのデジェンナーロ選手(愛称モキ)については「コートでもコート外でもなにからなにまでお世話になりっぱなし」。
世界最強のロッカールームで、関選手は肩の力を抜くことを覚えました。
ブスト・アルシーツィオ時代(2025-26〜)
2季目は、出場時間を求めての移籍でした。
2025年5月15日、UYBAブスト・アルシーツィオへの移籍が発表されます。
「素晴らしい歴史を持つチームの一員になれたことをとても嬉しく思っています」というコメントを残しました。
そのシーズンは、思わぬ形で早く回ってきます。
開幕直後、セッター兼キャプテンのジェニファー・ボルディーニ選手が練習中に膝を負傷。
関選手は4戦目からスタメンに定着し、そのままシーズンを戦い抜きました。
ただ、チームの戦いは楽なものではありませんでした。
順位は6位から13位のあいだを行ったり来たり。
レギュラーシーズン終盤には連敗が続いて9位まで落ち、プレーオフ圏の8位フィレンツェとは1ポイント差という崖っぷちに立たされます。
コートを離れているときの姿勢が伝わってくるのは、この時期のことです。
ミラノ戦で第3セット途中にベンチへ下がった場面について、関選手はこう語っています。
「私に何ができるかな、と。このチームで勝つために、何を変えたら勝てるのかな、を考えながら試合を見ていました」
迎えた最終戦、ブスト・アルシーツィオはサン・ジョバンニをフルセットの末に下します。
同じ時間帯にフィレンツェがノヴァーラへストレート負けを喫し、最終節の逆転で8位プレーオフ進出が決まりました。
ブスト・アルシーツィオのバルボリーニ監督は、ポッドキャストで関選手をこう表現しました。
「セナはいわば、ZENの哲学そのものなんですよ」
プレーオフ、そして4月12日
8位で滑り込んだ準々決勝の相手は、リーグ1位の古巣コネリアーノでした。
準々決勝は2試合制です。
3月1日、アウェーでの1stレグは1-3。
第2セットを25-22で奪って一矢報いましたが、押し切られました。
3月4日、ホームでの2ndレグは16-25、17-25、15-25の0-3。
2連敗で準々決勝敗退が決まります。
ただ、シーズンはここで終わりません。
ブスト・アルシーツィオは5位から12位を決めるプレーオフ・チャレンジへ回りました。
現地3月15日にフィレンツェとの初戦を迎え、最後の試合を終えたのが2026年4月12日です。
CEVチャレンジカップの出場権がかかる5位決定戦には届きませんでした。
そして2026-27シーズンも継続が決定。
クラブが2026年7月8日に発表した背番号一覧で、関選手は前季と同じ5番を着用します。
ブスト・アルシーツィオに日本人が3人
2026-27シーズンのブスト・アルシーツィオには、日本代表の顔ぶれが3人そろいました。
| 選手 | ポジション | 背番号 |
|---|---|---|
| 関 菜々巳 | セッター | 5 |
| 秋本 美空 | アウトサイドヒッター | 20 |
| 和田 由紀子 | アウトサイドヒッター | 21 |
秋本美空選手はヴィクトリーナ姫路からのレンタル移籍で、ドイツに続く2カ国目の海外挑戦です。
和田由紀子選手にとっては初の海外挑戦になりました。
関選手が、日本代表でも同じチームで戦う2人にトスを上げる側に回ります。
3人のなかでイタリア経験があるのも関選手だけです。
秋本選手はドイツから、和田選手は国内から、それぞれ初めてのセリエAに挑みます。
リーグの空気も生活の勝手も知っている先輩が同じロッカールームにいるのは、2人にとって小さくない差でしょう。
日本人選手が1クラブに3人そろう形は、セリエAではめずらしい並びです。
イタリアのリーグ戦を追いかける楽しみが、ひとつ増えました。
秋本美空選手についてはこちらの記事でまとめています。
↓ ↓ ↓

和田由紀子選手についてはこちらです。
↓ ↓ ↓

関菜々巳の日本代表歴
日本代表に初めて選ばれたのは2019年4月、東レ2年目のシーズン前でした。
その年のモントルーバレーマスターズでベストセッター賞を受賞しています。
正セッターとして定着したのは東京五輪のあとでした。
2023年のワールドカップバレーで日本の司令塔を務め、2024年のパリ五輪にも出場しています。
パリオリンピックは9位でした。
五輪後の8月14日、関選手は船橋市役所を訪れ、市長と教育長にパリでの結果を報告しています。
小学生のころにボールを追いかけた街への、あいさつでした。
近年の主な成績は次のとおりです。
- 2025年 世界選手権:日本は4位(主将は石川真佑選手)
- 2026年 ネーションズリーグ(VNL):日本は7位
2025年の世界選手権は、準決勝でトルコに敗れ、3位決定戦でもブラジルに屈しての4位でした。
15年ぶりのメダルにあと一歩届かなかった大会です。
アジア競技大会でキャプテンに
2026年7月31日、愛知・名古屋で開催されるアジア競技大会の日本代表12人が発表されました。
女子バレーボール競技は9月16日から22日にかけて、岡崎中央総合公園総合体育館と小牧市スポーツ公園総合体育館で行われます。
この12人に関選手が選出され、さらに本大会ではキャプテンを務めることになりました!
これまで主将を務めてきた石川真佑選手が今回は選出外となったためです。
石川真佑選手についてはこちらの記事で詳しくまとめています。
↓ ↓ ↓

アジア競技大会のメンバーには、ブスト・アルシーツィオで同僚となる秋本美空選手と和田由紀子選手も名を連ねています。
イタリアでも日本代表でも、同じコートに立つ顔ぶれです。
なお、8月21日から30日にかけて中国・天津で行われる女子アジア選手権については、日本代表の登録メンバーが本記事の執筆時点でまだ確認できていません。
発表され次第、追記します。
関菜々巳の家族
関選手は2人姉妹の次女です。
バレーボールを始めたのは小学2年生のとき。
きっかけは姉の影響でした。
先にボールを追いかけていた姉の姿を見て、同じコートに立つようになります。
姉妹そろってバレーに打ち込んだ環境が、その後の競技への向き合い方につながっていきました。
関菜々巳の結婚や彼氏は?
結論として、結婚や交際について公表された情報はありません。
所属クラブ、日本バレーボール協会、本人のSNSのいずれにも該当する発表が見当たりませんでした。
現在の生活の中心は、イタリアでのシーズンと日本代表の活動です。
2026-27シーズンはイタリア3年目、そして9月にはアジア競技大会が控えています。
年間を通してイタリアと日本を行き来する日程で、噂話が入り込む隙のないスケジュールが続いています。
「かわいい」と検索される理由
「関菜々巳」と検索すると、関連ワードに「かわいい」「私服」「画像」が並びます。
競技の実績とは別のところで関心が集まっている、ということです。
要因のひとつは、試合中の表情の落差でしょう。
トスを上げる瞬間の張り詰めた集中と、得点が決まった直後の喜びようが、まったく別人のように見える場面があります。
ガビ選手も、そんな関選手の様子を楽しそうだと評していました。
もうひとつは、競技以外の一面が知られたことです。
2023年6月12日に放送されたフジテレビ「呼び出し先生タナカ」にバレーボール女子日本代表の一員として出演し、Number Webのインタビューでも語られた高校時代の通知表がオール5だったという話が広く知られました。
コート上での姿だけでは見えない部分が伝わったことで、人柄そのものへの関心が高まった――そんな流れでしょう。
関菜々巳についてよくある質問(Q&A)
Q. 身長は?
171cmです。最高到達点は280cm。
Q. コートネームは?
「セナ」です。イタリアのチームメイトからも同じ愛称で呼ばれています。
Q. 出身地は?
千葉県船橋市です。
Q. 出身高校は?
千葉県立柏井高等学校です。
Q. 大学には行っていない?
進学していません。高校卒業後に東レアローズへ入団しました。
Q. 家族は?
2人姉妹の次女です。小学2年生のとき、姉の影響でバレーボールを始めました。
Q. 今どこでプレーしている?
イタリア・セリエAのブスト・アルシーツィオです。2026-27シーズンで3年目を迎えます。
Q. 背番号は?
クラブでは5番、日本代表では6番です。
まとめ
柏井高校の春高3位を客席から見て進学先を決めた中学3年生は、いま世界最高峰のリーグでスタメンを張っています。
2026-27シーズンはイタリア3年目。
同じチームには秋本美空選手と和田由紀子選手がいて、関選手が2人にトスを上げます。
そして9月、地元開催のアジア競技大会では日本代表のキャプテンとしてコートに立ちます。
司令塔と主将、2つの役割を背負う秋になりました。

