「日本三大ラーメンって誰が決めたの?」と気になったことはありませんか。
札幌・博多・喜多方の3つが定番ですが、実は公式な選定機関は存在せず、メディアが広めた「通説」であることが由来を調べるとわかってきます。
この記事では日本三大ラーメンの由来と各ラーメンの特徴に加え、佐野・山形を加えた「日本五大ラーメン」まで詳しく解説します。
日本三大ラーメンはどこ?3つの産地
日本三大ラーメンの産地は、北海道・福岡県・福島県の3か所です。
- 札幌ラーメン:北海道札幌市(味噌が代表)
- 博多ラーメン:福岡県福岡市(豚骨)
- 喜多方ラーメン:福島県喜多方市(醤油)
北は北海道、南は九州、そのあいだに東北の福島と、日本列島の北から南までうまく散らばっているのがおもしろいところです。
それぞれの味の特徴や歴史は、このあと順番に紹介していきます。
日本三大ラーメンは誰が決めた?由来を解説
日本三大ラーメンとは、一般的に札幌ラーメン(北海道)・博多ラーメン(福岡県)・喜多方ラーメン(福島県)の3つを指します。
これは特定の団体や行政が公式に選定したものではなく、長年にわたって世間で形成された「通説」です。
1980〜90年代のグルメブームやラーメン専門誌の登場が大きく影響し、雑誌やテレビ番組が日本各地のご当地ラーメンを紹介。
その際に、わかりやすいキャッチフレーズとして「三大ラーメン」が使われ始め、それが徐々に定着したという説が有力です。
喜多方ラーメンが全国区になったきっかけも1982年(昭和57年)のテレビ番組での紹介でした。
「蔵の町」として観光客を増やしたかった喜多方市の職員がメディアに地元の食堂を紹介し、雑誌「るるぶ」などのPRも重なって全国的な知名度を獲得したようです。
なぜ札幌・博多・喜多方の3つなのか
3つが選ばれた理由として、よく挙げられるのがスープの系統がきれいに分かれていることです。
札幌は味噌、博多は豚骨、喜多方は醤油と、見た目も味もまったく違う3杯が並ぶので、「三大」としておさまりがよいと説明されることが多いようです。
もうひとつは、全国に名前が知られた時期が早かったという見方です。
日本ラーメンファンクラブのコラムでは、札幌・喜多方・博多の順に東京で話題になったとし、「三大」はいわば先着順だったと考察しています。
喜多方のラーメン店でつくる「蔵のまち喜多方老麺会」の略年表にも、1985年(昭和60年)ごろから喜多方ラーメンが札幌・博多に次ぐ第三のご当地ラーメンになったと、夕刊フジの連載を引いて書かれています。
味のバランスと「どこが先に有名になったか」の両方が関係していそうですね。
三大ラーメンの顔ぶれには諸説ある
一般的には札幌・博多・喜多方の3つですが、別の顔ぶれを挙げる説もあります。
いくつかの旅行・グルメ系サイトをチェックしてみるとこんなパターンがありました。
- 札幌ラーメン・博多ラーメンに加えて、喜多方または尾道または和歌山ラーメン
- 函館・旭川・和歌山・熊本・尾道・徳島ラーメンが候補になる
- 喜多方ラーメンではなく、和歌山・旭川・高山・佐野ラーメンのことがある
多く取り上げられていたのが和歌山ラーメン(和歌山県)、尾道ラーメン(広島県)です。
決まった選び方がないぶん、「自分なりの三大ラーメン」を考えてみるのも楽しいかもしれません!
①札幌ラーメン(北海道)
札幌ラーメンは味噌をベースにしたコク深いスープが最大の特徴です。
豚骨や鶏ガラのスープに白味噌・赤味噌をブレンドし、加水率の高い太縮れ麺を組み合わせます。
麺の縮れがスープによく絡み、濃厚な味噌との相性が抜群です。
スープの表面をラードで覆う技法も特徴で、湯気が逃げにくく、最後まで熱々で食べられる工夫がされています。
1922年に中華料理店「竹家食堂」が提供した「肉絲麺」が日本人向けに進化したことが、ルーツとされています。
札幌の味噌ラーメンの誕生
札幌観光協会によると、札幌のラーメン店「味の三平」の初代店主が味噌のスープを考え出し、西山製麺の創業者が多加水熟成麺を開発したことで、1958年に「味噌ラーメン」が誕生しました。
同協会は札幌を「味噌ラーメン発祥の地」と紹介しています。
ただ、いまの札幌では醤油や塩のラーメンも評価の高い店が増えているそうで、味噌一色の街というわけではないようです。
②博多ラーメン(福岡県)
博多ラーメンは乳白色で濃厚な豚骨スープが代名詞です。
豚骨を時間をかけて炊き込むことで骨のゼラチンが溶け出し、スープにとろみが生まれます。
麺は極細のストレート麺で、加水率が低く、コシは少ないもののスルスルとした喉ごしが魅力です。
麺が伸びやすいため大盛りの提供は少なく、代わりに「替え玉」で麺だけを追加注文できるシステムが定着しています。
博多ラーメンと長浜ラーメンの違い
福岡県の観光公式サイト「クロスロードふくおか」は、福岡のとんこつラーメンを博多・長浜・久留米の3つに分けて紹介しています。
長浜ラーメンは、博多漁港に面した長浜で生まれたラーメンで、1952年に開業した屋台が発祥といわれています。
市場で働く忙しい人にすぐ出せるよう麺を極細にし、麺がのびやすいので大盛りではなく「替え玉」で追加する形が考え出されたそうです。
この替え玉が、のちにとんこつラーメンの文化として広く定着しました。
一方、博多ラーメンの元祖といわれる1940年創業の屋台では、濁りの少ない豚骨スープに平打ちの細麺が出されていたようです。
その後、久留米の白濁したスープの技術や、長浜の細麺・替え玉を取り入れる店が増え、福岡市内では博多地区に限らず「博多ラーメン」を名乗る店が増えていきました。
同サイトも、明確な分類はなく諸説あるとしています。
いまの「博多ラーメン」は、いくつもの流れが合わさってできた一杯なんですね。
③喜多方ラーメン(福島県)【チェーン店も全国展開】
喜多方ラーメンは醤油味の透明な豚骨スープが基本で、あっさりとした味わいが特徴です。
豚骨ベースと煮干しベースを別々に仕込み、ブレンドして提供する店もあります。
麺は「平打ち熟成多加水麺」と呼ばれる幅約4mmの太麺で、独特の縮れと柔らかい食感が魅力です。
チャーシューを大きめ・多めにのせるのも喜多方ラーメンらしいスタイルです。
喜多方ラーメンのチェーン店展開
東京都品川区に本社を置く「麺食」が展開する「会津喜多方ラーメン坂内」は、国内各地はもちろんアメリカにも店舗を持つチェーン店です。
夏季には平打ち縮れ麺とカツオ・煮干しの和風だしを使った「和風冷やしラーメン」も人気で、2011年にはコンビニのローソンでも坂内監修メニューが期間限定発売されました。
喜多方ラーメンの始まり
喜多方観光物産協会によると、喜多方ラーメンは大正時代の末期に中国から来た青年が、屋台で「支那そば」を売り歩いたことが発祥とされています。
蔵のまち喜多方老麺会の略年表では、その青年は中国・浙江省生まれの潘欽星で、1925年(大正14年)に来日し、1927年(昭和2年)に喜多方で屋台の支那そばを売り始めたと紹介されています。
その後、市内の食堂が作り方を学び、製麺店の努力も重なって、いまの喜多方ラーメンへと育っていきました。
ひとりの青年の屋台から、100年近く続く味になったと思うと、ちょっと胸が熱くなりますね。
朝からラーメンを食べる「朝ラー」の文化
喜多方ラーメンといえば「朝ラー」も有名です。
朝ラーとは、その名のとおり朝からラーメンを食べる習慣のことです。
喜多方観光物産協会は、始まったきっかけには諸説あるとしたうえで、3交代制の工場の夜勤明け、早朝の農作業のあと、冬の出稼ぎから帰ったときに体を温めるため、といった例を挙げています。
いまでは地元の人の朝ごはんとしてだけでなく、朝ラーを目当てに観光客が訪れるほどになっているそうです。
朝からラーメン、うらやましい!喜多方へ行くなら、朝ごはんは抜いておきたいところです。
日本三大ラーメンにランキング(順位)はある?
結論からいうと、日本三大ラーメンに順位はありません。
この記事の①②③も紹介の順番で、1位・2位・3位という意味ではありません。
「日本三大ラーメン ランキング」で調べる方が多いのは、ご当地ラーメンの人気投票やランキングが、いろいろなサイトや番組で行われているからかもしれません。
ただ、人気投票は集計する人や時期によって結果が変わるので、この記事では取り上げていません。
公的な数字としては、総務省統計局の「家計調査」に、外食の「中華そば」への1世帯あたりの年間支出金額を、都道府県庁所在市と政令指定都市で比べたランキングがあります(二人以上の世帯)。
2023年(令和5年)〜2025年(令和7年)の平均で1位だったのは、山形市です。
調査の対象は県庁所在市と政令指定都市なので喜多方市は入っていませんが、札幌市・福岡市をおさえて山形市が1位というのはおもしろいですね。
山形ラーメンについては、このあとの⑤で紹介しています。
日本五大ラーメンとは?三大に加わる候補
「日本五大ラーメン」は三大ラーメンに、人気ランキングや知名度の高いご当地ラーメンを2つ加えた呼び方です。
こちらも公式な定義はありませんが、ご当地ラーメンの人気投票では札幌・博多に続き、喜多方・佐野・山形あたりが上位の常連となっています。
こちらも様々な五大ラーメンがあります。
④佐野ラーメン(栃木県)
佐野ラーメンは黄金色の澄んだスープと平たい麺が特徴のご当地ラーメンです。
麺は「青竹打ち」と呼ばれる伝統製法でつくられ、青竹を使って生地を打つことで、独特の平たい形状と強いコシが生まれます。
醤油ベースのあっさりしたスープと手打ちならではの麺の食感が高く評価され、人気ご当地ラーメンランキングでは喜多方に次ぐ常連としてランクインすることが多い実力派です。
佐野ラーメンの始まり
佐野市観光協会によると、佐野ラーメンは大正時代に中国の料理人が青竹打ちを伝えたのがルーツといわれています。
佐野市内のラーメン店でつくる「佐野らーめん会」は、佐野にはもともとラーメン店が多く、昭和初期には人口約5万人の街に160軒近いラーメン店があったと紹介しています。
当時の佐野は繊維業がさかんで、そこで働く職工さんや、その忙しい家庭の食事として、すぐに食べられるラーメンの出前が利用されていたそうです。
佐野らーめん会が発足したのは1988年(昭和63年)です。
人口約5万人の街に160軒近くとは、かなりの密度ですね!
⑤山形ラーメン(山形県)【ラーメン消費量日本一】
山形県、特に山形市はラーメンの世帯あたり消費額が4年連続で日本一という、まさに「ラーメン王国」です。
人口10万人あたりのラーメン店舗数も全国1位を誇ります。
山形県には県内だけで、なんと6種類もの個性豊かな御当地ラーメンが根付いています。
- 醤油ベースの「山形ラーメン」
- 南陽市の「赤湯ラーメン」
- 庄内地方の「酒田ラーメン」
- 新庄地方の「とりもつラーメン」
- 移住した中国人考案の「米沢ラーメン」
- 栄屋本店開発の「冷やしラーメン」
中でも全国的に有名なのが「冷やしラーメン」です。
1952年、山形市の老舗「栄屋本店」の初代店主が、夏に冷たいラーメンを食べたいという常連客の要望に応えて開発し、完成させました。
氷を浮かせた冷たいスープに中華麺を入れる、当時としては革新的な一杯でした。
⑥尾道ラーメン(広島県)【三大・五大以外でよく名前が挙がる】
尾道ラーメンは、広島県尾道市のご当地ラーメンです。
尾道観光協会は、魚介類でとったスープに豚の背脂をたっぷり浮かべるのが特徴で、店ごとに味もさまざまだと紹介しています。
同協会の通販ページで紹介されている尾道ラーメンのお土産も、瀬戸内海の小魚のだし・平打ち麺・豚の背脂のミンチを特徴に挙げています。
醤油味のスープに背脂がぷかぷか浮かぶ見た目は、一度見たら忘れられません。
尾道ラーメンの始まり
尾道ラーメンの源流とされるのが、尾道市の中華そば店「朱華園(しゅうかえん)」です。
中国新聞によると、朱華園は1947年ごろに屋台で創業し、豚の背脂を炒めたものが入った醤油味のスープと、自家製の平打ち麺という独特の中華そばを生み出しました。
この中華そばがほかの店にも広がり、1990年代以降に「尾道ラーメン」と呼ばれて全国に知られるようになったそうです。
なお、朱華園は2019年6月に営業を終え、事実上閉店しています。
中国新聞のインタビューで、元店主の檀上俊博さんは、朱華園のスープは鶏がらで、魚介のだしを使った尾道ラーメンのお土産が有名になってから、店でも「魚介の味がする」と言われることがあったと話しています。
同じ「尾道ラーメン」でも、源流の店と今の定番とで少し違うというのは意外でした。
ご当地の麺つながりで、日本三大うどんもまとめています。

日本三大・五大ラーメンを比較一覧
日本三大ラーメン、五大ラーメンを一覧にしてみました。
| ラーメン名 | 産地 | スープ | 麺 | 分類 |
|---|---|---|---|---|
| 札幌ラーメン | 北海道 | 味噌(豚骨・鶏ガラ) | 太縮れ麺 | 三大ラーメン |
| 博多ラーメン | 福岡県 | 濃厚豚骨(乳白色) | 極細ストレート麺 | 三大ラーメン |
| 喜多方ラーメン | 福島県 | 醤油(豚骨・煮干し) | 平打ち太麺 | 三大ラーメン |
| 佐野ラーメン | 栃木県 | 醤油(あっさり) | 青竹打ち平麺 | 五大ラーメン候補 |
| 山形ラーメン | 山形県 | 醤油(冷やしも人気) | 中華麺 | 五大ラーメン候補 |
| 尾道ラーメン | 広島県 | 醤油(魚介だし・背脂) | 平打ち麺 | その他の候補 |
あなたはどこのラーメンが気になりますか?
まとめ
日本三大ラーメン・日本五大ラーメンについて改めて整理します。
- 日本三大ラーメンは札幌・博多・喜多方の3つで、公式機関ではなくメディアが広めた通説
- 喜多方ラーメンは「会津喜多方ラーメン坂内」など全国・海外にチェーン店を展開
- 日本五大ラーメンは三大に佐野(栃木)・山形を加えた呼び方として人気ランキングでよく語られる
- 山形県はラーメン消費額1位の日本の「ラーメン王国」
どのラーメンも地域の気候や歴史を反映した個性豊かな一杯ばかりです。
気になったラーメンから、ぜひ食べ比べてみてください。

