女子バレーボール日本代表で「日本の壁」と呼ばれるミドルブロッカーがいます。
NECレッドロケッツ川崎の山田二千華(やまだ にちか)選手です。
184cmの高さで相手の攻撃をせき止め、東京2020とパリ2024という2大会続けて五輪のコートに立ちました。
2025-26シーズンからはNECレッドロケッツでキャプテンを務めています。
この記事では、山田選手の身長やポジションといった基本情報から、コートネーム「ハナ」の由来、中学1年でバレーを始めた経歴、そして地元・愛知で開かれるアジア競技大会までをまとめます。
山田二千華のプロフィール(身長・ポジション・現在)
まずは基本情報です。
以下はNECレッドロケッツ川崎の公式サイトと、SVリーグ公式の選手名鑑にもとづいています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 山田 二千華(やまだ にちか) |
| コートネーム | ハナ |
| 生年月日 | 2000年2月24日(2026年8月時点で26歳) |
| 出身地 | 愛知県豊田市 |
| 身長 | 184cm |
| 指高 | 233cm |
| 最高到達点 | 310cm |
| ポジション | ミドルブロッカー |
| 所属 | NECレッドロケッツ川崎 |
| クラブ背番号 | 1 |
ポジションはミドルブロッカーです。
相手のスパイクをブロックで止める守りの要であり、同時にセッターの速いトスから一気に決める速攻の担い手でもあります。
前衛にいる時間はアウトサイドヒッターやオポジットの選手より短いのですが、相手の攻撃がどこから来るかを最初に読み、ブロックの壁を組み立てるのはこの選手の役目です。
バレーボールを見慣れていない方は、ネット際で真ん中にいていつもブロックに飛んでいる選手、と思って見ていただくと分かりやすいでしょう。
山田選手の指高233cm、最高到達点310cmという数字は、その壁の高さをそのまま表しています。
指高というのは、まっすぐ立って腕を上げたときの指先までの高さです。
ジャンプせずに手が届く位置が233cm、跳んで届く位置が310cm。
女子バレーのネットの高さは2m24cmなので、山田選手は立っているだけで指先がネットの上に出ている計算になります。
コートネーム「ハナ」の由来
山田選手はコート上で「ハナ」と呼ばれています。
由来はシンプル。
NECレッドロケッツ川崎の公式サイトにある選手ページには、愛称の説明として「二千華の『華』からの”ハナ”」と明記されています!
また公式サイトには「ニチカ」も愛称として併記されており、場面によってはこちらで呼ばれることもあります。
山田二千華の出身中学・高校
山田選手の学歴は次のとおりです。
- 豊田市立逢妻中学校(あいづま)
- 豊橋中央高等学校
出身地は愛知県豊田市で、中学までは地元の学校に通っています。
高校は同じ愛知県内の豊橋中央高校へ進みました。
豊田市と豊橋市は同じ愛知県ながら別の市で、高校時代は生活の拠点を移しての3年間でした。
バレーを始めたのは中学1年生
意外に思われるのが、競技を始めた時期です。
山田選手がバレーボールを始めたのは中学1年生のときでした。
トップレベルの選手には小学校低学年からボールに触れている例が多いなかで、かなり遅いスタートです。
きっかけは両親。
伊藤超短波のインタビュー(2025年11月公開)で、山田選手はこう語っています。
「両親がソフトバレーボールをしていましたし、身長が高く、活かせるスポーツをしたいと思っていたので、中学校からバレーボールを始めました」
身長を活かせる競技を探して選んだ、という始まり方でした。
熱烈にバレーボールに憧れて飛び込んだ、というより、自分に向いた場所を冷静に選んだ形です。
そこからの伸びは早いものでした。
中学2年で全日本ジュニアオールスタードリームマッチに出場。
中学3年では愛知県代表として全国都道府県対抗中学バレーボール大会のコートに立っています。
始めて1年で全国クラスの大会に呼ばれ、2年で県の代表に選ばれた計算です。
小学生のうちからクラブでボールを追いかけてきた同年代に、わずか数年で追いつきました。
主将として春高へ導いた高校3年
豊橋中央高校では、在学中にアンダーカテゴリーの日本代表に選ばれました。
第11回アジアユース女子バレーボール選手権の日本代表に選出され、決勝で中国を破って優勝を経験しています。
高校生で海外の同年代と戦った経験は、本人の中で大きな節目だったようです。
先の伊藤超短波のインタビューでは、目標を高く持つようになったタイミングを問われ、「高校生のときにアンダーカテゴリーの日本代表に選出されて、別のチームにいる同年代の選手と一緒に、海外のチームと戦う経験をしました」と振り返っています。
そして高校3年の秋。
主将としてチームを率い、2017年11月の全日本高校選手権(春高バレー)愛知県大会決勝を制しました。
豊橋中央高校にとっては8年ぶりとなる全国大会出場でした。
高校卒業の2018年、NECレッドロケッツの選手になりました。
山田二千華の経歴|NECでの歩み
入団は2018年、18歳のときです。
1年目からリーグ戦に出場し、早い段階でコートに立つ機会をつかみました。
翌2019年には国際大会で結果を残します。
7月の第20回女子ジュニア世界選手権で優勝すると、8月のアジア選手権でも優勝。アジア選手権ではベストミドルブロッカー賞に選ばれました。
19歳での世界一です。
ここで振り返っておきたいのが、この時点でバレーボール歴が7年ほどしかなかったという事実です。
中学1年でボールに触れ、19歳で世界一。
競技を始めた時期の遅さは、もはや何の枷にもなっていませんでした。
ベストミドルブロッカー賞は、大会でそのポジションの最も優れた選手に贈られる個人賞です。
世界の同年代が集まる舞台で、日本の高さが最上位と認められた形になりました。
チームの2連覇
クラブでのタイトルは、2020年代前半にまとめてやってきました。
2022-23シーズン、NECレッドロケッツがV.LEAGUE DIVISION1 WOMENを制します。
チームにとって6年ぶりの優勝でした。
同じシーズンには皇后杯全日本選手権も初めて制しており、2冠での1年です。
そして翌2023-24シーズンも連覇。
決勝でJTマーヴェラスを3-1で下し、チーム史上初の2年連続優勝を達成しました。
皇后杯もあわせて連覇し、2季続けての2冠となっています。
キャプテン就任と2025-26シーズン
チーム名は2024年に「NECレッドロケッツ川崎」へ改称されました。
そして2025-26シーズンから、山田選手がキャプテンに就任します。
就任した年のインタビューで、本人はこう話しています。
「今季は主将になったので、チームをまとめていくためにどうしたらいいのか考えています」。
掲げた目標は、前季にあと一歩で届かなかったSVリーグ優勝でした。
その2025-26シーズン、NEC川崎はレギュラーシーズンを走り抜けます。
36勝8敗・勝点104でレギュラーシーズン1位に立ちました。
攻撃の中心を担った同僚の佐藤淑乃選手が、この働きでレギュラーシーズンMVPに選ばれています。
ベスト6にも選出され、2年連続2回目の受賞でした。
ただし、年間王者を決めるチャンピオンシップでは頂点に届きませんでした。
セミファイナルで大阪マーヴェラスに連敗し、最終順位は3位。
優勝はレギュラーシーズン2位から勝ち上がったSAGA久光スプリングスでした。
1位で臨んで3位で終える。
キャプテン1年目は、リーグ最多の勝ち星と、最後に届かなかった悔しさの両方を残す1年でした。
オールスターでファン投票1位
山田選手の人気の高さを、数字がはっきり示した出来事があります。
SV.LEAGUE ALL STAR GAMES 2025-26 KOBE のファン投票で、女子の最多得票を獲得しました。
この大会は2026年1月31日と2月1日、神戸のGLION ARENA KOBEで開かれたものです。
女子の試合は1月31日に行われました。
出場選手はファン投票などをもとに決まる仕組みで、リーグを代表する顔ぶれが並びます。
| 順位 | 選手 | 所属 | 得票数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 山田 二千華 | NECレッドロケッツ川崎 | 48,732票 |
| 2位 | 佐藤 淑乃 | NECレッドロケッツ川崎 | 46,205票 |
女子の総投票数は159,130票でした。
そのうち約3割にあたる48,732票が山田選手に集まった計算です。
この結果を受けて、山田選手はオールスターでチームのキャプテン、2位の佐藤淑乃選手が副キャプテンに決まりました。
上位2人がそろってNEC川崎の選手だったんです!
クラブでキャプテンと副キャプテン格を務める2人が、オールスターの舞台でも同じ役割で並んだことになります。
佐藤淑乃選手についてはこちらの記事でまとめています。
↓ ↓ ↓

山田二千華の日本代表歴|東京・パリ2度の五輪
SVリーグ公式の選手名鑑には、山田選手の紹介文としてこう書かれています。
「184cm。日本の『壁』として東京、パリ五輪にも出場したミドルブロッカー」
五輪に2大会続けて出場した日本代表のミドルブロッカーです。
東京2020で味わった失意
日本代表に初めて登録されたのは2020年でした。
翌2021年、東京五輪の12人のメンバーに選出されます。
21歳での初の五輪でした。
五輪デビューは2021年7月31日の韓国戦です。
スタメンで送り出されたものの、第1セットの序盤で交代となりました。
日本はこの試合をフルセットの末に2-3で落としています。
大会を通じても、出番は限られたままでした。
SVリーグ公式の選手名鑑は、この時期の山田選手についてこう書いています。
「2020年には日本代表へ初選出されたが、東京五輪ではプレー機会が限られた。失意の中、さらなる成長を誓うと……」
自国開催の五輪は、山田選手にとって成功体験ではありませんでした。
同じ紹介文は続けて、翌年からブロックとスパイクで存在感を発揮していったと記しています。
ここから先の歩みは、この悔しさを起点にしていました。
世界選手権で19得点
変化はすぐに数字となって表れます。
2022年の世界選手権、10月11日の準々決勝でした。
相手は優勝候補のブラジル。
この試合で山田選手はブロックで7点、アタックで12点、あわせて19得点を挙げました。
ブロックだけで7点という数字は、そう出るものではありません。
「日本の壁」という呼び名が、守りだけを指したものではないことが分かる試合でした。
試合は日本が第1・第2セットを25-18、25-18と連取する展開。
しかしそこからブラジルに3セットを続けて奪われ、2-3で逆転負けを喫します。
最終セットは13-15。
あと2点でベスト4という位置から、日本は大会を去りました。
試合後、山田選手は涙を流しました。
帰国時の取材では「来年はもっともっと強くなって帰ってきたい」と語っています。
東京五輪の失意から1年、勝ちきれなかった悔しさが次の課題に変わった瞬間でした。
パリへの道のり
この時期に武器として磨き上げていったのがサーブでした。
その成果がはっきり出たのが、2023年9月のパリ五輪予選(ワールドカップバレー)です。
ブルガリア戦で、山田選手はサービスエースを4本決めました。
日本はストレート勝ちで4連勝。
試合後、本人は「サーブはターゲットよりも打ちやすいコースを意識した」と語っています。
眞鍋政義監督も記者会見で「山田二千華はサーブのコースを工夫して打っていた」と触れました。
サーブで試合の流れを変えられる選手という評価です。
翌2024年5〜6月のネーションズリーグでも、中国戦の勝利に貢献。
この結果がパリ五輪の出場権獲得につながりました。
さらにこの大会で、日本代表は歴史を動かします。
6月23日にバンコクで行われた決勝に進出し、ネーションズリーグで初の準優勝。
決勝ではイタリアに1-3で敗れたものの、日本は銀メダルを持ち帰りました。
出場権と銀メダルを同時に手にした2024年6月は、山田選手にとっても代表活動の大きな山でした。
そして同年7月、パリ2024の12人に選出され、2大会連続の五輪出場を果たします。
2026年の日本代表
2026年もコンスタントに代表に名を連ねています。
7月22日のネーションズリーグ(VNL)準々決勝・ブラジル戦では先発出場。
第1セットはジュースにもつれる展開となり、最後は山田選手のブロックが決まってセットを先取しました。
しかし日本はそこから逆転を許し、1-3で敗れてベスト8で大会を終えています。
そして2026年7月31日、第20回アジア競技大会(愛知・名古屋)の日本代表12人に選出されました。
背番号は11番です。
山田選手は愛知県豊田市の出身で、今大会は地元・愛知での開催となります。
女子バレーボール競技は9月16日から22日にかけて、岡崎中央総合公園総合体育館と小牧市スポーツ公園総合体育館で行われます。
今大会の主将は関菜々巳選手が務めます。
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同じ12人には秋本美空選手も名を連ねています。
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なお、8月21日から30日にかけて中国・天津で行われる女子アジア選手権については、日本代表の登録メンバーが本記事の執筆時点でまだ確認できていません。
発表され次第、追記します。
バンテリンドームでの始球式
2026年5月、山田選手は野球場のマウンドに立ちました。
2026年5月4日、バンテリンドーム ナゴヤで行われた中日ドラゴンズ対阪神タイガース戦の始球式です。
投じた1球はノーバウンドで捕手・石伊選手のミットに届き、ストライク。
球速は62キロを計測しました。
長身から繰り出された投球に、球場がどよめきます。
本人にとっては、まったく未経験の一投でした。
「きょう初めて野球で使うボールをさわった。(ミットまで)届けばいいな、と思っていましたけど、届いてよかった」とコメントしています。
もっとも、まったくの不安だらけというわけでもなかったようです。
スポーツ報知の取材には「緊張していたけど、肩には自信があった。ノーバウンドで届いたらいいなと思っていたのでよかった」と話しました。
初めて野球のボールを触った、けれど肩には自信があった。
「小さいころからテレビでドラゴンズの試合が放送されていたし、街中にユニホームが飾られていたことも覚えている。こうやって始球式に呼んでもらえて光栄でした」
愛知県豊田市で育ち、幼いころから親しんできた球団のホームで投げる。
バレーボールのコートとは違う場所での、地元への凱旋でした。
山田二千華の怪我について
「怪我」という検索が一定数ありますが、長期離脱につながるような大きな負傷の報道は確認できていません。
2025-26シーズンもキャプテンとしてシーズンを通してプレーし、チームのレギュラーシーズン優勝に貢献しています。
その後の2026年のネーションズリーグ、アジア競技大会の代表選出と、活動は途切れていません。
山田二千華の結婚や彼氏は?
結論として、結婚や交際について公表された情報はありません。
所属クラブ、日本バレーボール協会、本人のSNSのいずれにも該当する発表が見当たりませんでした。
現在の生活の中心は、NEC川崎のキャプテンとしてのシーズンと日本代表の活動です。
2026年は7月にネーションズリーグを戦い、9月には地元・愛知でアジア競技大会が控えています。
「かわいい」と検索される理由
「山田二千華」と検索すると、関連ワードに「かわいい」「私服」「画像」が並びます。
競技の成績とは別のところで関心が集まっている、ということです。
もっとも分かりやすい理由は、実績そのものにあります。
オールスターのファン投票で、女子の全選手のなかから最多となる48,732票を集めた選手です。
インスタグラムのフォロワーも10万人を超えています。
もうひとつ挙げられるのが、コート上と普段の落差でしょう。
得点が決まった瞬間の気迫あるガッツポーズと、SNSでの柔らかい雰囲気は、同じ選手とは思えないほど印象が違います。
チームメイトの和田由紀子選手は、バレーボールマガジンの取材(2026年1月25日)でこう語りました。
「山田二千華の力強いガッツポーズにキャプテンシーを感じます」
ファンが惹かれているのは、その熱量そのものなのかもしれません。
和田由紀子選手についてはこちらの記事でまとめています。
↓ ↓ ↓

山田二千華についてよくある質問(Q&A)
Q. 身長は?
184cmです。指高は233cm、最高到達点は310cm。
Q. ポジションは?
ミドルブロッカーです。ブロックで相手の攻撃を止め、速攻で得点するコート中央の選手です。
Q. コートネームは?
「ハナ」です。名前の「二千華」の「華」から取られています。
Q. 出身中学は?
豊田市立逢妻中学校です。
Q. 出身高校は?
豊橋中央高校です。出身地は豊田市ですが、高校は豊橋市の学校です。
Q. バレーを始めたのはいつ?
中学1年生のときです。ソフトバレーボールをしていた両親の影響でした。
Q. 今どこでプレーしている?
NECレッドロケッツ川崎です。2025-26シーズンからキャプテンを務めています。
Q. 五輪に出たことはある?
東京2020とパリ2024の両方に出場しています。
Q. 背番号は?
クラブでは1番、日本代表では11番です。
まとめ
中学1年生で初めてボールに触れた選手が、19歳で世界一を経験し、21歳で五輪のコートに立ちました。
いまはNECレッドロケッツ川崎のキャプテンとして、そして日本代表の「壁」として、2つの立場でコートに立っています。
迎える9月のアジア大会、舞台は地元・愛知です。
5月にバンテリンドームのマウンドで一投を投げた同じ年に、豊田で育った26歳が、育った土地でアジア競技大会のコートに立ちます。
184cmの壁が地元の観客の前でどんな高さを見せるのか、9月16日からの1週間が楽しみです。
